2017年9月18日月曜日

学問のミカタ 読まない ‘h’ は保守派の印?!

 学問のミカタ。今回は英語・文化論担当の南隆太さんです。

読まない ‘h’ は保守派の印?!YoghurtYogurtか。それが問題?


 
海外に出かけると必ずスーパーマーケットに行きます。買いたい物があってもなくても関係なく、並んでいる商品やその並び方にその国らしさがあって面白いからです。どこの国のスーパーでも、たいてい入り口付近には生鮮食料品が並んでいます。そこに見たこともない野菜や果物が並んでいることもありますし、時には日本でなじみのあるはずのモノが全く違った姿や形をしていることがあります。例えば、キュウリは英語では ‘cucumber’ ということは知っていますし、それは正しいのですが、イギリスのスーパーに並んでいるcucumberはどう見ても日本で見慣れたキュウリより2倍以上大きかったりして、印象がかなり違うことを改めて感じます(そういえば以前 ヨーロッパでcucumberの香水を見かけましたが、日本で「キュウリの香水」はちょっと想像しにくいのはなぜでしょう?)。日本で売っているようなナシが ‘Nashi pear’ などと書かれていて、確かに ‘pear’ は「洋ナシ」と訳すなと納得したり、イギリスやニュージーランドではナスビは ‘aubergine’ ですが、北米に行くと ‘eggplant’ となっていて、よく本に書いてあるように、同じものでも呼び名が変わることを確認して、「なるほどなぁ」と思ったりします。
イギリス英語とアメリカ英語の違いということで日常的に目にするのが、ポテト・チップスの呼び方の違いでしょう。スーパーのお菓子コーナーにさまざまに味付けのされたポテト・チップスの袋が山積みされているのはよく目にしますが、イギリスでは ‘crisps’ アメリカでは ‘potato chips’ と呼ばれていています。イギリスで ‘chips’と言えば、日本の「フライドポテト」(アメリカ語で ‘French fries’)になります。こんな風に、英語圏であっても、モノも呼び名だけでも少しずつ違うのですから、スーパーで色々な商品を見て回ると、色や形をはじめ色々な違いに面白そうな発見があるものです。


 
今年の夏に見つけた「新製品」のcrisps
 ‘Tear ‘n’ Shareという商品名から、どうやら
袋を開けたら (tear) そのままみんなで一緒に食べられる (share) 、この袋が新しいようで、 ‘NEW It’s a bag & a bowl.’と右上に書いてあります。このTHICK CUT CRISPS(厚切りポテトチップス)を製造しているのは、WALKERSはイギリスを代表するpotato crispsの会社。



 さて、そんな私が少し前から気になっていたのが乳製品売り場のある変化です。数年前にニュージーランドのスーパーで、いつものように買おうとしたヨーグルトのラベルをみて「おやっ」と思ったのです。ヨーグルトは英語で ‘yoghurt’ のはずが ‘yogurt’ となっているのです。ほかの商品を見ても ‘yoghurt’ ‘yogurt’ が半分ずつか、 ‘yogurt’がやや優勢に見えました。かなり以前は、イギリスではほとんどが ‘yoghurt’であったと記憶していたので、あまり気にもしていなかったのですが、この夏イギリスのスーパーで確かめていたところ、なんと8割ほどが ‘yogurt’になっていて、 ‘yoghurt’はもはや「絶滅の危機?」と言わんばかりの状況です。  







‘yoghurt’ ‘yogurt’。どちらが「正しい」の?



実際はどうなのだろうかと、Google Booksの中での使用頻度をGoogle Ngramという簡単な検索1960年から2008年までを対象にイギリスで出版された本について調べてみると、下のグラフ1ような結果になりました。 


グラフ1:British Englishにおける ‘yoghurt’ ‘yogurt’の使用頻度

 
年によっては ‘yogurt’のほうが多くなる年もあるようですが、2008年では ‘yoghurt’のほうが10%ほど多いようです。同じ期間についてアメリカで見てみると、これが圧倒的に ‘yogurt’が多く、なんと ‘yoghurt’の使用頻度の約30倍という結果になります。 


 
グラフ2:American Englishにおける ‘yoghurt’’yogurt’の使用頻度



しかしこれをそのまま鵜呑みにはできません。そもそもスーパーや食料品店に並んでいるヨーグルトのパッケージはこの検索対象には入っていません。もしもヨーグルト市場でシェアの高い商品の綴りが ‘yoghurt’になっていれば、その国では多くの人は  ‘yoghurt’ を当然のように思うはずです。それに、専門家でもない限り、ヨーグルトが出てくる本を読むことは、一般にそう多くはないはずです。 ‘yoghurt’がイギリス英語で ‘yogurt’がアメリカ英語ということが言えそうな気もしますが、どうなんでしょうか。
 実は乳製品やハムなど加工食品の製造販売会社のイギリスの業界団体(The Provision Trade Federation)の会長が、The Grocerという食品業界紙の20095月の投稿欄に、「業界ではヨーグルトの綴りから ‘h’を取って久しいのだから、そろそろ業界紙もそれに合わせても良いのではないか」( ‘Isn't it time The Grocer caught up with the fact that the industry has long since dropped the "h" from yoghurt?’)と書いたのがきっかけで、この ‘h’をめぐる論争が、大衆紙のThe Daily TelegraphThe Daily Mailで取り上げられたようです。[1] 
この「論争」で面白いのは、実はこの ‘h’を取った綴りが「アメリカの綴り」(American spelling) だということにイギリスの「伝統主義者」(traditionalist)が怒っているということだと思います。 トルコ語起源のヨーグルトという英単語の綴りは複数あって、時代とともに ‘yoghurt’‘yogurt’2つに収まってきたわけで、しかもグラフ1で見たように、イギリスでは少なくとも印刷物では両方の綴りが同じように使われてきたのです。しかも、業界では1990年代頃から ‘h’を取った ‘yogurt’の方を多くの会社が使うようになっていたのに、2009年の雑誌での指摘を受けて初めて、Daily Mailのいう ‘Americansed spelling’ ( ‘Americanized’がsになっている!) に「伝統主義者」や「保守主義者」たちは怒り始めたのですから、些か滑稽でもあります。しかし、「伝統」というものは、えてして誰かのでっち上げであることが多いものであって、この「アメリカ化」に対する一部の人々の反発も、そう考えるとある意味で納得がいくのかもしれません。「アメリカ的でない」=「伝統的」という安直な発想なのでしょうが、オーストラリアやニュージーランドでも、 ‘h’にこだわる「保守的な」人たちがいるのも興味深いところです。
 ‘yoghurt’でも ‘yogurt’でもどっちでもいいじゃないか、といえばどちらでもいいことなのですが、この ‘h’一つにこだわって怒りだす人々がいることが、とても面白く思えてなりません。綴りや発音のちょっとした違いやこだわりから、その言葉を使う人の志向や思考が見えることがあると思うと、普段当たり前だと思っている言葉から、意外な発見があるかもしれません。