2017/12/18

名物講義紹介 vol.3 身体表現ワークショップ


コミュニケーション学部の光岡です。
今日は私が担当しているトケコミの看板講義、「身体表現WS」のご紹介です。

この授業は、2コマ180分で行われる授業で、今までも音楽、演劇、パントマイム等多様なテーマで学生参加型のワークショップを行ってきました。今年度担当するに当たって、私も色々と悩んだのですが、次第に「メディアと身体」の関係を問い直すようなかたちでと思うようになって、授業を進めています。

具体的には、半期を通じて3つほどのWS内ワークショップに取り組むことで、私たちがメディアを通して何を達成しているのかを、身体で理解してみようというテーマです。そこで、今日は最初のテーマ「新しい手旗信号を作ってみよう!」を紹介します。

このアクティビティで学生が与えられたテーマは、新しいルールで手旗信号表を作成し、最終的にはグループ間でどちらがスピーディかつ正確にテレコミュニケーションが行えるかを競うものです。遠くにメッセージを届けるという作業を、私たちは日々スマートフォンを通じて行っていますが、体を使った手旗信号でも、デジタル環境におけるテレコミュニケーションでも、実はそのプロセス自体は似たような構造であることに気付かされます。

最初に取り組まなければならないことは、データを取り出すルールの作成です。20年前に全盛期を迎えていたポケベルでのメッセージも、電話の文字盤の数字で50音を表示するというルールに基づいていましたが、同様の作業を手旗でも行う必要があります。例えば、旗の位置を区別するのか、それとも旗の動きを通してある記号を表現するのかなど、選択の可能性自体は無限に広がっています。

写真1.手旗を送信する様子
 
学生たちは2グループに分かれて、それぞれの手旗のコード表を作成し、そのうえで、まずは簡単な言葉を送受信できるかを試します。この過程も興味深く、スタジオ内で2グループは交互に送受信の試験をしていたのですが、この作業の過程で断片的にコードが解読されていきます。つまり、「あ、今の動きはEnterだよね」「あれ、濁点かなあ?」のような会話です。これは、素朴に暗号の解読作業を始めているわけで、これ自体が実際に僕らの日常のデータ送受信のセキュリティを守るということの意味です。
その後も幸い天気に恵まれ、屋外での送受信トライアルも終えたうえで、1019日に課題にトライしました。各グループランダムに3つの交通標語(川柳)を渡され、その送受信の速さと正確さを競いあったのです。
 

写真2.フリック入力法(村山式)の指導

この過程では、私にも発見がありました。それは、事前には子音・母音の組み合わせをどう手旗で表現するかが頭の使いどころだと考えていたのですが、日本語を音声的に分解して記号を当てはめていくという作業よりも、日常的なメディア接触の影響が強かったのです。というのも1グループは、スマートフォンで使われているフリック入力を手旗信号へと変換していました。これは、確かに便利な方法です。というのも新しいコードを設定した場合、常に送り手と受け手がコードに基づいて手旗を解釈する必要があるのですが、フリック入力の場合には、受け手のスマートフォンに直接手旗を入力することで、文字列がスクリーン上に表示されるからです。この発想は私にも、ゲスト講師の毛原大樹氏にもなかったもので、デジタルメディアのコードに依拠してアナログ送信できるんだという気づきがありました。

このように、初回は言葉(音声情報)を手旗(視覚情報)に変換したわけですが、現在は二つ目のワークショップとして、視覚情報が奪われた身体にいかに音声で情報を伝えるかという課題に学生は取り組んでいます。





2017/12/11

教員の新著紹介




20171218日に大岩直人さんの著書が出版されます。


 おとなのための造力開発ドリル 
「まだないもの」を思いつく24のトレニング 
(下浜太郎との共著)
インプレス

著者からの一言:世の中にクリエイティブ発想本は数多くありますが、そのほとんどは表現や伝え方のクリエイティブについて語ったものです。この本は、表現に至る手前の(あるいはその先の)モノの存在価値そのものを見つめ直すためのドリルです。メディアと表現を一体で考えられるようになるためのドリルです。


2017/12/05

名物ゼミ紹介 vol.1 西垣ゼミ



 コミ部は、東経大4学部の中で、唯一、卒論・卒業制作が必修なので、コミ部生は2年生から自分の興味のあるゼミを選択し、教員やゼミの仲間と、授業や課外授業、時には飲み会やゼミ合宿を通して、専門的な知識や人間関係などの様々なことを学んでいきます。
コミ部にはどんなゼミがあるのか、少しずつ紹介していきます。

 まず紹介するのは、2016年度のベストティーチャー、ゼミ部門1位の西垣通先生のゼミです。西垣ゼミでは、先生が提示するトピックについて、日本語と英語のディベートを行いながら、英語力とともに様々な社会問題についての理解を深めていきます。

 
 
 ゼミでは、4週間で一つのテーマを取り上げます。1週目は日本語のディベートの準備として、自分たちの理論や想定される相手からの反論への対応などを練り、2週目は日本語でのディベートを実施。3週目と4週目は、日本語で行ったものを英語でディベートし、それに対する先生のコメントを受けて、レポートにまとめて提出するスタイルです。ディベートに際して、ゼミのグループを4つに分けますが、留学生やグローバルキャリアプログラムの学生など、英語が得意な学生を必ず1名は各グループに振り分けて、学生が協力してディベートに取り組みます。

 ゼミ生は、「時には自分の意見とは反対の意見のグループになってディベートをすることもある。最初は戸惑ったが、違う立場からのものの見方や多様な考え方を学ぶことができた。」、「とにかく英語の運用力が上がる。相手を納得させるために必要な材料や言い方を仲間と協力して考え、発表することができる。」、「社会問題に対する知識が深まるし、それに対する自分の考え方ができていく。」、「硬そうなゼミに見えるかもしれないけれど、実際はこういったディベートの準備を和気あいあいと仲間と協力して取り組んでいる」といった印象を述べています。

 今年度のトピックは以下の通りです。
 ・外国人労働者の受け入れの是非
 ・税の是非
 ・美容スポツ整形の是非
 ・死刑制度の是非
 ・スタプレの高額報酬の是非
 ・成果酬と年功序列

 この中で、今年度、学生に人気のトピックは「外国人労働者の受け入れの是非」と「成果報酬と年功序列について」でした。
 
西垣先生に、ゼミについて聞きました。

●西垣先生はどのような考えに基づいて、数ある時事問題の中からこれらのトピックを選んでいるのか?
「学生さんたちが現代社会で今後向き合うことになる大事なテーマや、いま国内外で問題になっているテーマが対象となります。ただ、興味の無いものは困るので、まず私が幾つかのテーマを候補として示し、ゼミ生が投票して、その中から人気のあるテーマを選んで討論することにしています。」

●先生からみた学生はどうですか?
「大半のゼミ生はディベートの経験が無いので、初めは発言に消極的な人が多い。でも、ネットを検索したりグループで話し合ったりしているうちに、だんだん問題意識が高まってきます。英語のディベートは日本人にはなかなか難しいのですが、日本語から英語へと段階を踏んでいくことで、やりやすくなります。英語による発言は、多少不完全でも、ともかくコミュニケートできるようになることをめざしています。場数を踏んで体で覚えなくてはならない点は、スポーツと似ているでしょう。その意味で、教える側としては、テニスのコーチングにも重なる部分があるかもしれません。」

●先生はゼミを通して、学生にどんなことを学んでいってほしいと考えていますか?
「ゼミ生には、相手を上手に説得する技術を習得するだけでなく、いろいろな社会問題について、論理的に、多角的に考える習慣をつけてほしい。そうすれば、自分だけの狭い考えにとらわれず、多様な相手の立場を理解できるようになります。とくに、欧米など外国人と日本人との思考方法や価値観の違いに、学生さんが具体的なテーマを通じて気づいてくれると嬉しいですね。21世紀はグローバリゼーションの時代なのですから。」

(文 遠藤愛)
                                 

2017/11/23

コミュニケーション学部ゼミ発表会


1118日(土)恒例のコミュニケーション学部ゼミ発表会が行われました。

 

コミ部では2年生からゼミに所属し、4年生での卒業研究・卒業制作に向けて、少しずつ準備をしていきます。
そこで、主に1年生に向けてゼミに対する理解を深めてもらうために、
  ゼミではどんなことを学ぶのか?
  どんな雰囲気で進められているのか?
  具体的には何を課せられるのか、あるいは何ができるのか?
 などなど、各ゼミのゼミ生が個性豊かに自分たちのゼミを紹介していきます。

 


ゼミでの学びは高校までにはあまりみられない形態なので、最初は戸惑う学生もいるかもしれませんが、ゼミを通して専門的な知識を得るだけではなく、学生生活の基盤となる人間関係を築く学生も大勢います。

自分にはどのゼミが向いているのか、それぞれのゼミにはどんな特徴があるのか、聞く側も目的がはっきりしているので、普段の授業よりも熱心に聞いている学生もいたかも(???)



 


当日のプログラムは先に紹介しましたが、コミ部のゼミはとても多彩です。
ゼミ発表会はコミ部の1年生以外も参加できます。コミュニケーション学部に興味のある方は是非、足を運んでみて下さい。

 

2017/11/07

学問のミカタ 履歴書に書けないキャリアのお話




コミュニケーション学部の小山です。
私は「組織コミュニケーション論」のほかにも、「キャリアデザイン入門」や「キャリア開発論」などキャリアと名前のつく授業も担当しています。写真は、コミュニケーション学部1年生用の「キャリアと学びのプランシート」です。(「アカデミック・コンパス」は教務主任の佐々木先生がご担当。)


高校生の皆さんが「キャリア」と聞いて連想することは何でしょうか?もしかすると「就職」や「キャリアアップ」という言葉が頭に浮かんだかもしれません。こうしたキーワードは「外的キャリア」に関連するものです。外的キャリアとは、分かりやすく言うと「履歴書」に書けることです。履歴書は、就職活動や転職活動の時に応募先企業に提出する書類のことです。履歴書には、学歴、勤務先企業、役職、主な担当業務、保有資格などを記載します。ですから、高校生の皆さんにも、すでに外的キャリアがあるわけです(例えば、●●高校●●科入学、英検●級取得など)。

 でも、今日はこういった履歴書に書ける外的キャリア「ではない」ことを話します。それは「内的キャリア」と呼ばれるもので、皆さんの内面にあるキャリアのことです。内面にあることですから、履歴書に書くことはできません!(ちなみに、採用面接ではむしろ内的キャリアを説明することが求められます。)
 内的キャリアの研究領域は「キャリア心理学」と呼ばれる分野になります。そして、内的キャリアには大きく3つのモデルがあると言われています。(モデルは「考え方」くらいの意味合いで捉えてください)

 1つ目は「マッチングモデル」です(図1)。「自分の価値観・能力」と「仕事内容・必要能力」をマッチング(適合)させるという考え方です。Will(やりたいこと)、Can(できること)、Must(すべきこと)が重なるような仕事をしたいと思っている人がいるかもしれません。これは、マッチングモデルの考え方なのです。WillCanを「自分の価値観・能力」、Mustを「仕事内容・必要能力」と置き換えれば、WillCanMustをマッチングさせていることになりますよね。
 実は、マッチングモデルは、キャリア心理学研究のかなり初期に登場した考え方です(発端は1900年代初頭とも言われています)。したがって、仕事内容や仕事に必要な能力が大きく変化する現在、「自分の価値観・能力」と「仕事内容・必要能力」のマッチングを実現させることが容易ではないという問題点があります。

1 マッチングモデル

 2つ目は、「発達モデル」です。発達心理学がベースとなっている考え方です。人間の成長発達段階に応じて課題に順次直面し、その課題を乗り越えることで内的キャリアが発達するというものです。例えば、スーパーという研究者は、人生を5段階に分けて、それぞれの段階での成長課題を指摘しています。
 発達モデルは、マッチングモデルとは異なり、個人の成長が前提とされています。ただし、ここでの成長は、長い人生の中で数回生じる大きな成長のことです。もちろん、その視点は重要なのですが、これだけ仕事環境の変化が激しい現在では、もっと頻繁に自己成長・自己変容していくことが必要になります。

そこで登場したのが、3つ目のモデルです。様々な呼び方がありますが、ここでは「スパイラルモデル」と呼びたいと思います(図2)。仕事の変化、仕事で求められる能力の変化、たとえそれが予想外であったとしても、その変化を通じて自分の価値観や能力を拡張させていくという考え方です。スパイラルモデルは本人の努力はもちろん必要ですが、それだけでは限界もあります。そこで、支援者が必要となります。実は、国としても、20164月から「キャリアコンサルタント」を国家資格化して、キャリア支援の専門家を増やそうとしています。

図2 スパイラルモデル

ちょっと難しい話だったかもしれませんが、お伝えしたかったのは、「外的キャリアがすべてではない」ということです。変化の激しい現在では、企業合併や新規事業など、予想外の外的キャリアとなることは十分考えられます。ですが、スパイラルモデルの考え方によれば、与えられた環境において、内的キャリアを成長させることが可能です。激動の時代にキャリアを歩むことになる若い皆さんには、外的キャリアの変化に一喜一憂せず、どんな状況でも内的キャリアを成長させていってほしいと願っています。

2017/10/30

2017年度ゼミ発表会を開催します

今年度も恒例のゼミ発表会を2017年11月18日(土)に開催します。
2017年度コミュニケーション学部ゼミ発表会
●2017年11月18日(土)15:15-17:30
●6号館3階 F307/F308
 
ゼミの活動と成果をご紹介します。


F308(第1会場) F307(第2会場)
15:15-15:20  開会あいさつ   ←
15:25-15:40 【小山ゼミ】組織内コミュニケーションの研究 【阿部ゼミ】コンピュータ
プログラミングの学習と実践
15:40-15:55 【駒橋ゼミ】駒橋ゼミの紹介 【小林ゼミ】訪日観光客から見た日本文化
15:55-16:10 【大岩ゼミ】ひとと違う考えカタチにできるようになる、ためのゼミ 【遠藤ゼミ】コーチングを学んでます

休憩(10分) 休憩(10分)
16:20-16:35 【柴内ゼミ】柴内先生とゆかいなゼミ生〜メディアコミュニケーション研究ゼミの紹介 【千葉(松永)ゼミ】グローバル文化移民
16:35-16:50 【北村ゼミ】北村ゼミでの活動紹介と研究報告 【光岡ゼミ】現代アートと雑誌制作
16:50-17:05 【北山ゼミ】距離の近さが売りのゼミ 【大榎ゼミ】6号館地下1階で行われる表現研究
17:05-17:20
【佐々木ゼミ】正しいメディアの使い方

【西垣ゼミ】日本語と英語のディベート


17:25-30       まとめ

2017/10/19

【予告・鬼が笑うか?!】2018年、年明け企画



新年早々、1月11日~18日、「ワークショップ中村座・作品展」(仮称)にむけて、二人のギャラリストたちが、マジ!、参画します。

今週、特別講義「企画展をするということ、ギャラリーというコミュニケーションの場」開講。
お二人にゲスト講師をお願いしました!

履修メンバー全員参加の、初ミーティング、顔合わせでもあります。









国分寺くるみギャラリーオーナー 寺口恵子さん


634展示室、東京武蔵野美術学院 学院長 山内史生さん


お二人は、作家のための、発表の場を運営するばかりではなくて、ご自身も創作活動をされてます。そして、「ぶんぶんうぉ~く」など、国分寺という地域に根ざした活動にも積極的に関わられてます。

そんなお二人へ、メンバーからは、つぎつぎに素朴な疑問、質問がつづきます。


・ギャラリーにどのような作品を展示するのか?
・何を一番大切にしてるのか?
・作品は、一番高いものでいくら?安いものはいくら?
・人(お客さん)からの評価はどう得るのか?
・魅力を最大に伝えるコツは?
・いろいろな展示会に行って勉強するのか?
・作品展示にどのくらいの時間がかかるのか?
・展示する建物にもこだわりはあるのか?
・1つの企画にどのくらいの人が来るのか?
・ギャラリーって誰でも借りれるの?手数料は?
・展示するものをどうやって決めてるの?
・芸術の才能を身につけるためには?
・ギャラリストもメディアなのかな?
・展示の依頼を受けて断ることはあるのか?
・ギャラリーは閉鎖的なイメージがある、もっと開放的にできない?
・モットーはありますか?
・ギャラリーで展示した作品は、その後どこへいくのか?
・ギャラリーを営むことで、自身の創作活動にどのような影響があるか?
・誰が払うのか?ギャラリー運営側?作品を出す方?
・なんでギャラリーをやろうと思ったのか?
・ダイレクトメールは誰に送るのか?
・オーナーと展示する人の距離感は?
・理想のギャラリーって?学生も利用できますか?
・全体に一貫したコンセプトがあるのか?
・ギャラリー展示を決めてからの準備期間は?
・ターゲットを絞っていますか?
・なぜ美術に興味をもったのですか?
・内装は、展示によって変えたりするのか?
・レイアウトのコツは?
・ムサビ卒の寺口さん、中村先生との学生時代のエピソードは?
・どのくらいのスパンでやるのか?
・作家さんともめたりすることは、あるのか?
・ギャラリストの人数、年齢層、男女比?
・アートの楽しみ方とは何ですか?
・作家として誰にもみせたくない特別な作品がありますか?
・展示依頼って月にどのくらいきますか?
・どうして国分寺にギャラリーを?
・インスタ映えを意識しますか?
・実際、ギャラリーって儲かりますか?


















この日、予想を超える質疑応答で時間いっぱいいっぱい。
お二人のお人がらでしょうか。
次回ミーティングは、11月下旬を予定してます。
開催までのプロセスからも目が離せません。この話題をときどき配信します。

ご期待ください!




2017/09/18

学問のミカタ 読まない ‘h’ は保守派の印?!

 学問のミカタ。今回は英語・文化論担当の南隆太さんです。

読まない ‘h’ は保守派の印?!YoghurtYogurtか。それが問題?


 
海外に出かけると必ずスーパーマーケットに行きます。買いたい物があってもなくても関係なく、並んでいる商品やその並び方にその国らしさがあって面白いからです。どこの国のスーパーでも、たいてい入り口付近には生鮮食料品が並んでいます。そこに見たこともない野菜や果物が並んでいることもありますし、時には日本でなじみのあるはずのモノが全く違った姿や形をしていることがあります。例えば、キュウリは英語では ‘cucumber’ ということは知っていますし、それは正しいのですが、イギリスのスーパーに並んでいるcucumberはどう見ても日本で見慣れたキュウリより2倍以上大きかったりして、印象がかなり違うことを改めて感じます(そういえば以前 ヨーロッパでcucumberの香水を見かけましたが、日本で「キュウリの香水」はちょっと想像しにくいのはなぜでしょう?)。日本で売っているようなナシが ‘Nashi pear’ などと書かれていて、確かに ‘pear’ は「洋ナシ」と訳すなと納得したり、イギリスやニュージーランドではナスビは ‘aubergine’ ですが、北米に行くと ‘eggplant’ となっていて、よく本に書いてあるように、同じものでも呼び名が変わることを確認して、「なるほどなぁ」と思ったりします。
イギリス英語とアメリカ英語の違いということで日常的に目にするのが、ポテト・チップスの呼び方の違いでしょう。スーパーのお菓子コーナーにさまざまに味付けのされたポテト・チップスの袋が山積みされているのはよく目にしますが、イギリスでは ‘crisps’ アメリカでは ‘potato chips’ と呼ばれていています。イギリスで ‘chips’と言えば、日本の「フライドポテト」(アメリカ語で ‘French fries’)になります。こんな風に、英語圏であっても、モノも呼び名だけでも少しずつ違うのですから、スーパーで色々な商品を見て回ると、色や形をはじめ色々な違いに面白そうな発見があるものです。


 
今年の夏に見つけた「新製品」のcrisps
 ‘Tear ‘n’ Shareという商品名から、どうやら
袋を開けたら (tear) そのままみんなで一緒に食べられる (share) 、この袋が新しいようで、 ‘NEW It’s a bag & a bowl.’と右上に書いてあります。このTHICK CUT CRISPS(厚切りポテトチップス)を製造しているのは、WALKERSはイギリスを代表するpotato crispsの会社。



 さて、そんな私が少し前から気になっていたのが乳製品売り場のある変化です。数年前にニュージーランドのスーパーで、いつものように買おうとしたヨーグルトのラベルをみて「おやっ」と思ったのです。ヨーグルトは英語で ‘yoghurt’ のはずが ‘yogurt’ となっているのです。ほかの商品を見ても ‘yoghurt’ ‘yogurt’ が半分ずつか、 ‘yogurt’がやや優勢に見えました。かなり以前は、イギリスではほとんどが ‘yoghurt’であったと記憶していたので、あまり気にもしていなかったのですが、この夏イギリスのスーパーで確かめていたところ、なんと8割ほどが ‘yogurt’になっていて、 ‘yoghurt’はもはや「絶滅の危機?」と言わんばかりの状況です。  







‘yoghurt’ ‘yogurt’。どちらが「正しい」の?



実際はどうなのだろうかと、Google Booksの中での使用頻度をGoogle Ngramという簡単な検索1960年から2008年までを対象にイギリスで出版された本について調べてみると、下のグラフ1ような結果になりました。 


グラフ1:British Englishにおける ‘yoghurt’ ‘yogurt’の使用頻度

 
年によっては ‘yogurt’のほうが多くなる年もあるようですが、2008年では ‘yoghurt’のほうが10%ほど多いようです。同じ期間についてアメリカで見てみると、これが圧倒的に ‘yogurt’が多く、なんと ‘yoghurt’の使用頻度の約30倍という結果になります。 


 
グラフ2:American Englishにおける ‘yoghurt’’yogurt’の使用頻度



しかしこれをそのまま鵜呑みにはできません。そもそもスーパーや食料品店に並んでいるヨーグルトのパッケージはこの検索対象には入っていません。もしもヨーグルト市場でシェアの高い商品の綴りが ‘yoghurt’になっていれば、その国では多くの人は  ‘yoghurt’ を当然のように思うはずです。それに、専門家でもない限り、ヨーグルトが出てくる本を読むことは、一般にそう多くはないはずです。 ‘yoghurt’がイギリス英語で ‘yogurt’がアメリカ英語ということが言えそうな気もしますが、どうなんでしょうか。
 実は乳製品やハムなど加工食品の製造販売会社のイギリスの業界団体(The Provision Trade Federation)の会長が、The Grocerという食品業界紙の20095月の投稿欄に、「業界ではヨーグルトの綴りから ‘h’を取って久しいのだから、そろそろ業界紙もそれに合わせても良いのではないか」( ‘Isn't it time The Grocer caught up with the fact that the industry has long since dropped the "h" from yoghurt?’)と書いたのがきっかけで、この ‘h’をめぐる論争が、大衆紙のThe Daily TelegraphThe Daily Mailで取り上げられたようです。[1] 
この「論争」で面白いのは、実はこの ‘h’を取った綴りが「アメリカの綴り」(American spelling) だということにイギリスの「伝統主義者」(traditionalist)が怒っているということだと思います。 トルコ語起源のヨーグルトという英単語の綴りは複数あって、時代とともに ‘yoghurt’‘yogurt’2つに収まってきたわけで、しかもグラフ1で見たように、イギリスでは少なくとも印刷物では両方の綴りが同じように使われてきたのです。しかも、業界では1990年代頃から ‘h’を取った ‘yogurt’の方を多くの会社が使うようになっていたのに、2009年の雑誌での指摘を受けて初めて、Daily Mailのいう ‘Americansed spelling’ ( ‘Americanized’がsになっている!) に「伝統主義者」や「保守主義者」たちは怒り始めたのですから、些か滑稽でもあります。しかし、「伝統」というものは、えてして誰かのでっち上げであることが多いものであって、この「アメリカ化」に対する一部の人々の反発も、そう考えるとある意味で納得がいくのかもしれません。「アメリカ的でない」=「伝統的」という安直な発想なのでしょうが、オーストラリアやニュージーランドでも、 ‘h’にこだわる「保守的な」人たちがいるのも興味深いところです。
 ‘yoghurt’でも ‘yogurt’でもどっちでもいいじゃないか、といえばどちらでもいいことなのですが、この ‘h’一つにこだわって怒りだす人々がいることが、とても面白く思えてなりません。綴りや発音のちょっとした違いやこだわりから、その言葉を使う人の志向や思考が見えることがあると思うと、普段当たり前だと思っている言葉から、意外な発見があるかもしれません。