2017/02/03

【学問のミカタ】ルールブックにない“ルール”

〈コーチング論〉担当の遠藤愛です.

2月のテーマは「ルール」.今回私がご紹介するルールは,ルールブックにのっていない“ルール”です.

ポーツと運動の違いに,競技性とともにルールの存在が挙げられます.

のスポーツ同様,私が専門とするテニスにおいても,毎年少しずつルールは修正され,選手はルールを理解し,あるときは従い,あるときはそれを使います.

つて悪童と呼ばれたアメリカのスーパースター,ジョン・マッケンローが,1試合の中で2回のwarning* の後に3回目で失格となっていたルールが,1回のwarning後にいきなり失格となるルールへと改正されたのを知らずに失格となってしまったのは有名な話です.

ッケンローはルールを知り尽くし,ルール違反ギリギリのところで心理戦を仕掛けてくる,そんなプレーヤーでもあったと言うとマッケンローファンには叱られるでしょうか.

自身の経験を振り返ると,高校生の時にプロに混じって試合に出るようになった最初の頃に,今となっては笑い話のエピソードがあります.

ニスの試合では,選手が試合前にネットを挟んでトスを行い,サービス,レシーブ,そしてプレーするサイドを選択する権利を決めます.当時,高校生だった私は日本のトップランカーとの対戦で少し緊張していたようです.相手がトスに勝ってサービスを選択した後,私は「レシーブ!」と言い,対戦相手であったプロの先輩は「では,サイドはこちら」と言って試合が始まりました.

はずっと「何かおかしいなあ……」という気持ちのままプレーして,結局は完敗してしまいました.今でも学生にテニスのルールを説明する際に披露するエピソードです.お分かりになりますか?

うです.サービスを相手が選択した時点で自動的にレシーブは決まっているので,対戦相手はまんまとサービスとプレーするサイドの両方を得たという訳です.彼女はルールに反したわけではなく,試合後,父にも「お前はアホか」と叱られましたが,私は「プロの世界ってこういうことなのか.教えてくれないんだ〜」とちょっと寂しくなったのを今でも覚えています.

かし,さすがに多くの観客が注目する世界レベルのトーナメントではちょっと違いました.世界レベルでプレーする選手たちは自負を持ってプレーしています.テニスもまた世界共通のルールに則って粛々と進行していくスポーツです.

が一番大切にしなくてはならないと小さな時からたたき込まれたこと,そして,今も大切にと指導しているのは相手,用具,そして競技に対する愛情と敬意を持つことです.

は,自分がプロフェッショナルになったということを一番強く実感したのは,初勝利をあげた時でも,初めて賞金を受け取った時でもありません.世界レベルのプレーヤーたちと戦い,相手から敬意を持って迎えられた時なのです.

ロとして世界ツアーを回るようになり,オーストラリア,ブリスベンの大会でトップ20の選手に初めて勝ったとき,敗者であるはずの彼女がまっすぐ私の顔を見て「Well play」と勝者である私のプレーを賞讃してくれました.咄嗟に,勝者である私も「Good match」と応じて,「お互いにベストを尽くしたよね,よい試合したよね」という意味を込めて強く握手をしました.

の競技でも見られますが,ルールとして明確に記されてはいないけれど,プレー後にお互いをたたえ合う姿が私はとても好きです.

の他にも,プレー中にフレームショットやネットインで相手のコートに入り,運よくポイントを取ってしまったときは「ちょっとごめんね」の意味を持ってラケットをかざします.新しいボールになったときは「今からニューボールで打つよ」と相手にボールを高く掲げてプレーを始める前に必ず見せます.これらのことは,正々堂々と戦うということなのだと私は理解し,この後,自分が日本国内で若手とプレーする時に試合の中で実践しながら伝えたつもりです.

ールブックには載っていないけれど,多くのプレーヤーが実践すること,その中で私が特に好きなのは,決勝戦を戦った後の表彰式での選手たちのスピーチです.

会スタッフからスポンサーの名前が書かれたメモを渡されることもあり,スポンサー,運営スタッフへの感謝は必ず言いますが,それ以外は選手が思うままに勝負の後の心境を語ります.そのとき,ほとんどの選手が最初に,共に戦った相手を「Congratulation……」とたたえます.これらは誰かから教えられたのではなく,トッププレーヤーの姿勢を見て自ら学び,そして,試合後に自然にわき上がって来る本当の気持ちでした.

合後のスピーチの名場面はYouTubeにもたくさんアップされています.私のオススメは2009年全豪オープン男子決勝のフェデラーとナダル20122013年ウインブルドン男子決勝でのマレーとフェデラーです.彼らのスピーチは,激闘後とは思えないくらい優しく,切なくなります.

はさまざまなスポーツをテレビやネットで見ることができます.彼らの優れたプレーや激しいバトルももちろん魅力的ですが,お互いを尊重し合う選手同士のやりとりにもまた注目して下さい.トッププレーヤーのスピーチ力,表現力もまた素晴らしいものです.

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*warning:警告.審判が選手のルール違反に対して発する警告.遅延行為,相手を侮辱する行為,試合中のルールに反するコーチングなどさまざまな行為が定められている.

【学問のミカタ】2月のテーマは「ルール」



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