2017年4月28日金曜日

講演会のお知らせ


       フィリピンの漫画を知っていますか?
      
Ace Vitangcol & Roy D. Vitangcol氏 特別 講演会


The "Studio Studio" Story: Making Manga in the Philippines

フィリピンで今人気のマンガLove in the BagAngel Crushの作者と編集者を迎え、フィリピンのマンガ事情、日本のマンガの影響などについてお話をしていただきます。アメリカン・コミックスの制作では歴史の長いフィリピンで日本マンガが流行しているのはなぜでしょう?どんなマンガが人気なのでしょう?グローバル化するマンガについて、フィリピンの視点から考えます。 
(使用言語:英語)


日時:2017519日(金)  13001500  
(講演は1時間半程度を予定)

会場:東京経済大学 6号館 7F 中会議室1


 エース・ヴィタンコル氏(Ace D. Vitangcol
 マンガの出版社Altrial Hill PublishingCreative Directorでマンガの作者。代表的な作品には、Love Is in the Bag(2011-2014)Angel Crush(2011-)がある。アテネオ・デ・マニラ大学で非常勤講師として、visual communicationとコミックス創作の授業を担当。



  
ロイ・ヴィタンコル氏(Roy D. Vitangcol

Altrial Hill Publishingのマンガおよびライトノベル編集・校正者。マンガMy Celestial Family (2016-)の編集と共作、ライトノベル The Lorelei Wang Case Files (2013-)の編集などを担当。

                              
国分寺駅からの道順は大学ホームページをご覧ください(http://www.tku.ac.jp/access/kokubunji/)
 


2017年4月24日月曜日

北村先生と佐々木先生がテレコム社会科学賞を受賞


コミュニケーション学部の北村智准教授と佐々木裕一教授が、その著書『ツイッターの心理学 情報環境と利用者行動』で電気通信普及財団の第32回テレコム社会科学賞 奨励賞を受賞しました。

表彰される北村先生(帝国ホテルにて)

『ツイッターの心理学』は2016年7月に出版された学術書で、ツイッター利用者へのアンケート調査とツイッター社のデータベースから取得した客観データ(利用者のフォロー数や発言数など)を組み合わせて分析した点に特徴があります。


まずは北村先生から受賞のことばです。
受賞の対象となった『ツイッターの心理学 情報環境と利用者行動』は、2013年から開始した共同研究の成果をまとめた書籍です。研究助成を獲得できたタイミングで佐々木裕一さんがサバティカル先の米国から帰国されたので、研究室のドアを叩いて挨拶もそこそこに共同研究に誘ったように記憶しています。同僚とのコミュニケーションによって出来上がった書籍で学術賞を受けられたことを大変うれしく思っています。

これを引き継いで、佐々木先生は次のとおりコメントしました。
私も同僚との共著での受賞を大変喜んでいます。共同研究に誘われたのは、米国滞在時に私がしばしばブログでツイッターのことを書いていたのを北村智さんが読んでいたからでした。北村さんは利用者行動、私はマーケティングの観点から主にソーシャルメディアを研究していますが、終章の「ソーシャルメディア時代のオンライン世界の今後」はそんな二人の合作感が出ています。ウェブの今後にまつわる大事な問題を論じているので、この章だけでも図書館でぱらぱらとめくってもらえると、さらに嬉しいです。
2人で記念撮影(トケコミブログ編集長撮影)


北村先生と佐々木先生、おめでとうございました!

2017年4月13日木曜日

「盛りだくさんのマレーシア研修、どうだった?」(後編)


(トケコミ4ゼミ合同海外研修報告その3

「感受性豊かな時期に海外へ!」をかけ声に、2月末に、
松永/中村/光岡/佐々木の4ゼミが合同でマレーシアとシンガポールへ研修に行ってきました(8日間)。


前半は、クアラルンプールにある Asia Pacific University of Technology and Innovationで午前に英語研修を受け、午後は研究テーマにしたがって街中を視察。5日目は、トケコミへのマレーシアからの留学生実家がある同国南端のジョホールバルへ移動し、ご両親からの大歓待を中華料理店で受けました。その後、陸路でシンガポールに入り、半日だけ観光をして帰国という濃密なプログラム。前回に続き、日本で留守番をしていた教員・松永が、参加学生らの生々しい声をもとにレポートします。
 
 ※(前編)はこちら


◆ことばをめぐって
 本研修の目的の一つは、マレーシアという多言語社会における「英語」、つまり母語ではなく共通語としての英語を学ぶことにありました。キャンパスでの生活や街でのフィールドワークを通して、「ことば」について考えさせられたというレポートを紹介します。


「英語」の多様性
 これまで自分たちが習ってきたのは、アメリカやイギリス、オーストラリアなど、英語を母語とする人々の話す言葉であった。しかし、世界には様々な「英語」がある!そう悟ったという報告が少なくありません。
 世界約110カ国から集まった学生の学ぶAPUのキャンパスで耳にしたのは、ナイジェリア人の英語、スペイン人の英語、ロシア人の英語、パキスタン人の英語など、非常にバリエーションに富んだ「英語」で、新鮮だったといいます。
 自由時間を使って、マレーシアで活躍する日本の芸人さんに会いに行ったY.Mさん(1年)は、「英語」でコメディアンショーを鑑賞したときの感想をこう綴っています。

マレーシアは色んな民族の人たちが集まっていて、一律に英語といっても、インド系、マレー系、中華系などエスニシティがちがうだけで全く別の言語のように感じた。

 世界の人とコミュニケーションをとるには、多様な英語を聞き分けることが必要だという気づきは、自分たちもまた、多少訛っていてもいい、何より英語を使うことが大事なのだという実感にもつながっていったようです。

 
【写真3 APUでの英語学習の様子:オランダ系、インド系、マレー系など先生も多様性に満ちていた


訛っても構わない。
伝えようとすること、それがイチバン大事
 speakingに重点をおいたAPUの授業で英語を使うことの楽しさを学んだ学生たちは、キャンパス外で、現地の人々に積極的に話しかけるよう努めたそうです。なかでも、タクシードライバーとの対話で自信をつけたという報告が複数寄せられました。
 タクシーを利用するたび、外国出身の移民ドライバーとの会話を楽しんだというW.Hさん(2年)は、「昼間は運転手、夜間は飛行機の整備士をしているという勤勉なおじさん」が、携帯のアプリを使って一生懸命日本語で話しかけてくれたことが忘れられないといいます。「日本人は優しく、まじめで尊敬している。お金もあるし、まじめなのに、英語を話せないのは不思議だ」という彼の言葉に納得しつつ、まずは相手に伝えたいという気持ちを出発点に言語を習得していこう、と決意しました。
 非言語コミュニケーションの大切さに気づいたのはM.F2年)さんです。

Thank you」は世界中どこでも通じる感謝のことばである。そのためわたしは、今回の研修でそのことばをいつどんなときでも使った。しかし、本当に心から感謝しているとき「Thank you」とただ伝えるだけではなにか物足りない感じがした。日本ではおじぎや手を合わせるなどのジェスチャーや、食事の際に使える「ありがとう」に代わる「いただきます」や「ごちそうさまでした」があるが、今回は感謝のきもちを「Thank you」のみでしか表現できなかった。
APUの授業では、「Memory」「Focus」「Gesture」この3つが英語を話すうえで重要だと学んだ。今回の貴重な経験を生かして、これから外国人とコミュニケーションをとる際には英語(ことば)以外でのコミュニケーション方法も試していきたいと感じた

「伝えたいことを伝えられない」という実体験は、今後の学習動機につながる貴重なものだと思います。「コミュニケーション」を学ぶ学生たちのこれからの飛躍が楽しみです。


◆留学生とともにアジアを歩く
 参加学生33名のうち3名は、中国、台湾、マレーシアからの留学生でした。彼らと一緒にマレーシアを歩くことで、旅は一層実りあるものになりました。

仲間を連れて母国へ
 マレーシア出身の学生(2J.Tさん)は、常にみんなの様子を気遣い、自由行動の指南役をつとめたり、家族との交流会をアレンジしてくれたりと大活躍の功労賞。そんな彼は、今回の旅を次のように振り返っています。

マレーシアから来日し、今年で四年目になった。これまで、マレーシアに帰国するときはいつも一人。日本に戻ってくるときも、もちろん一人だった。だから、東経大の友人と一緒にマレーシアに行き、また皆で日本に帰って来られた今回の旅行については「感謝」という言葉しか思いつかない。

 現地で我々トケコミ派遣団を大歓待してくださったJさんの家族、親族の皆さんは、彼が多くの友人に囲まれ、流暢な日本語で仲間を率いる姿に目を細められたそうです。その光景は、他の学生たちの心を打ち、異国・日本で暮らす留学生への尊敬と、彼らの存在がトケコミの国際色を豊かにしてくれることへの感謝の念を新たにする経験となりました。帰国後、多くの学生が「今度は私たちが、留学生に日本を案内したい!」と口にし、意気込んでいます。

  
 

 【写真4 ジョホールバルでの交流会:対岸のシンガポールを望みながら海鮮中心の中華料理を堪能!


中国語でつながる世界
 Jさんの家族をはじめ、中華系住民が人口の約24%を占めるマレーシアと、約74%のシンガポールで活躍したのは、中国(上海)、台湾出身の学生さんでした。現地の人に道を訊ねたり、Jさん一家との交流会で通訳を務めたりと、中国語を駆使して旅をサポートしてくれました。そのような貢献の仕方、能力発揮の可能性があるのだと初めて実感し、もっと海外を旅したいという意欲が湧いてきたY.Sさん(3年)は「知らない自分を発見した」といいます。
 「APUキャンパスでは英語、トケコミの日本人学生とは日本語、中華系の人々とは中国語で話す」トリリンガルな体験がとても面白かったと振り返るのはK.Cさん(3年)。その「強み」をもっと伸ばして、将来に活かしてほしいと祈っています。
 中華系の留学生が活躍した今回の研修で、学生たちは「英語だけが共通語ではない」こともまた学んだはずです。マレーシアは文化の多様性を知るうえで興味深い国であること、そして実際に研修の中身を作るのは参加学生一人一人であること。企画担当者としての深い学びでした。
 
 
【写真5 帰国直後の成田空港にて:フライト7時間遅れのアクシデントに関わらず、みんなこの笑顔!


◆さあ、新たな旅へ
 旅の終わりは、新たな日常の始まりでもあります。

今回の旅の多くの場面で、異文化を感じました。私たちの常識も彼らにとっては非常識。そんな風に考えられることは発想力も豊かになるような気がします。初めてのマレーシアでは、単語を合わせただけの私の拙い英語を真剣に聞いてくれる優しい人に出会ったり、夜景がきれいに見えるバーに行ったらバーデンダーに笑われたり、帰りの電車の時刻が表示されてなくて不安になったり、レストランの店員さんに鶴の折り方を教えることになったり、乗るはずの飛行機が大幅に遅れて空港で眠ったり、新しい体験がたくさんありました。この体験はこれからの私にきっと何かをもたらしてくれるのではないかと思います。今回、就職活動が始まる間近に海外に行くことに不安を覚えていましたが、行ってよかったと、本当に思っています。

そう、R.Sさん(3年)がまとめるように、自分の目で見たこと、肌で感じたことの先にある「何か」を掴みにいってほしい。さあ、新たな旅へ。そしてまた、トケコミ生の暮らす東京こそ世界有数の国際都市です。足元にひろがる異文化に満ちたフィールドで、本年度も学び多き日常を生きていきましょう。



※参加学生による報告会を、412日に開催しました。



 
 次回は18日の予定です。関心のある東経大生は是非会場へ!

 418日(火)E2015号館2階)12:2012:35

2017年4月10日月曜日

「盛りだくさんのマレーシア研修、どうだった?」(前編)



(トケコミ4ゼミ合同海外研修報告その2)

「感受性豊かな時期に海外へ!」をかけ声に、2月末に、松永/中村/光岡/佐々木の4ゼミが合同でマレーシアとシンガポールへ研修に行ってきました(8日間)。

前半は、クアラルンプールにある Asia Pacific University of Technology and Innovationで午前に英語研修を受け、午後は研究テーマにしたがって街中を視察。5日目は、トケコミへのマレーシアからの留学生実家がある同国南端のジョホールバルへ移動し、ご両親からの大歓待を中華料理店で受けました。その後、陸路でシンガポールに入り、半日だけ観光をして帰国という濃密なプログラム。今回そして次回は、日本で留守番をしていた教員・松永が、参加学生らの生々しい声をもとにレポートします。

  ※その1「マレーシアでビジネスするって、どんな感じ?」はこちら

 

【写真1 2017219日@成田空港:いざ!常夏のマレーシアへ!

◆初海外の衝撃!
 まずはショッキングな話から。研修に参加した学生の多くが海外初体験。今まで特に不自由なく生きてきた日本という島を出た瞬間、様々なカルチャーショックに遭遇したようです。

紙のないトイレ
 マレーシアのお手洗いには、一般的にトイレットペーパーが設置されていません。用をたしたあとは、便器の横に付設されたホースの水を使い、不浄の手とされる左手で洗うのです。そのため、床が水浸しになっていることもしばしば。事前情報として学んでいても、実際に目の当たりにすると困惑を隠せなかったとか。「手で洗うなんてありえない!」。
 しかし、マレーシア出身の学生から「紙でふく方が不潔でしょ」と一蹴され、「あたり前の習慣の違いって面白い」と感じた学生もいました。そうそうその調子。違いを楽しむことが大事です。
 そもそも日本ではいつ、どのようにしてトイレットペーパーが普及したのか? 電動ウォシュレットは、来日外国人にどのように受け入れられているのか? 「あたり前」のルーツや背景について調べてみるのもおもしろいでしょう。

客に媚びない店員
 「あたり前の崩壊」は、公共交通の利用や買物、食事の場面でも多発しました。アルバイト先で、「お客様は神様」と教え込まれていたT.Sさん(1年)は、ファストフード店での店員さんの接客に面食らったといいます。

これは、自分のつたない英語力にも問題があったのだが、マレーシアのケンタッキーフライドチキンに入り注文した時のこと。私が何を言っているのか、カウンターの彼女には伝わらなかったのであろう。大きな声で「ハア!?」と言い返されてしまった

 客だろうが店員だろうが、対等な立場でコミュニケーションをとる。驚いたけれど、むしろ、やたら下手に出て客に媚びる方が異常なのかもしれない。C.Mさん(3年)は、マレーシアで働く人々のeasygoingな姿に日本の接客文化との違いを感じ、好感さえ持ったといいます。

クアラルンプール2日目、水を買うためにセブンイレブンに入ったが、一瞬だけ停電した。その後レジが上手く機能しなくなったらしく、ずっと店員の人がレジの設定を直していたが、焦った様子もなく作業していた。レジが直った後も何事もなかったように接客していた。恐らく日本のセブンイレブンだったら、「申し訳ございません」の嵐だろうと思った

 我々の常識は彼らの非常識。日本社会の合理的なシステムを便利で快適だと感じる一方、A.Fさん(2年)は、自分たちが普段、いかに余裕のない、受身的でマニュアル通りの会話でやり過ごしているかに気付かされたといいます。海外での異文化体験は、自分自身の固定観念を見直し、コミュニケーションのあり方を考える契機にもなるのです。

◆友好的で、開放的なマレーシア
 最初は衝撃でもあったマレーシアの「ゆるさ」に、徐々にハマっていった学生たち。多くが、その魅力を“friendly”や“open”というキーワードで語りました。

フレンドリーに生きられたなら
 切符の買い方がわからず立ち往生していたところを助けてくれたり、身につけていたものについて「それ素敵ね!」と笑顔で話しかけてくれたり。マレーシアの人々の優しさに感激した、という体験談が多数寄せられました。Y.Sさん(2年)は、滞在していた大学寮でのコミュニケーションが特に印象的だったといいます。

エレベーターを待っている時や、エレベーターで2人きりになった時など、日本であれば普通「気まずい」という雰囲気になりますが、寮で自分が出会った人は初対面の私に笑顔で話しかけてくれました。そこで次の日、自分も初対面の親子に話しかけてみると、何度か会話のキャッチボールが成立して、笑顔で別れることができました。日本では滅多にみない光景だったと思いますが、日本もこれくらいフレンドリーでラフな人間でいられるような暮らしだったら、もっと幸せな気分になれる人が増えるのにと感じました。

同感です。とはいえ、10代までを九州、20代を関西で過ごした私からすれば、みんなが比較対象としている「日本=首都圏」なのでは?と突っ込みたくもなります。「日本」の多様性を知るべく、学生時代にぜひ、いろんな場所を旅してほしいと思います。

「壁」を作らない人々と街
 マレーシアは、言わずと知れた多民族国家。人口の約半数を占めるマレー人に加え、中国系、インド(タミル)系、先住諸民族や外国人労働者が暮らし、多様な宗教、言語が混在しています。
 イスラム教のモスク@プトラジャヤ、仏教寺院@マラッカ、ヒンドゥー教のバトゥ洞窟@KL郊外を訪ねたり、街でお祈りのシーンに遭遇したりして、「生活の一部になっている宗教」(2S.Yさん)、「個性を表すものとしての宗教」(3N.Kさん)を感じた学生たち。みなが堂々と自分のアイデンティティを示せるのは、異質なものに寛容でオープンな人々の姿勢、街の作りに鍵があるのではと考察したのはA.Nさん(2年)です。

一歩外に出て屋台に向かえば、多民族国家の片鱗を見ることができる。屋台の作りも特徴的で、道路に面している部分に壁や入口はなく、開放的に作られている。また実際に飲食するテーブルは道路にはみ出し、日本でいうテラス席のような形になっている。常夏のマレーシアでは冷房の効いていない屋台は涼しい夜になってから混雑し、みな各々で料理を注文しては、屋台にあるモニターでサッカー中継を観戦する。多くの屋台にはイスラム圏出身の水タバコ「シーシャ」が並び、多くの人が嗜む姿を目にする。私はこの屋台の開放的な作りに、マレーシアで暮らす人々の特徴を感じる。それは、民族間に壁がなく、どこ出身の人々とも分け隔てなくコミュニケーションをとるという点だ

食事という社交の場が、道路という公共の場に開かれていることに着目した視点が面白いですね。そしてAさんは、研修の意義をこうまとめました。

私は本研修で、日本では学ぶことの難しい多文化の混在を目の当たりにし、今過ごしている日本の文化以外に対する寛容性・柔軟性、各文化を尊重する姿勢が、今後我々の人生を彩るのだろうと感じた。その点で、マレーシアという多民族国家、現地の人々との交流は、日本にとって新たな風になるのではないか

(後編へつづく)

※参加学生による報告会を、下記二回に分けて実施します。関心のある東経大生はぜひ!
412日(水)E3065号館3階)12:3512:50
418日(火)E2015号館2階)12:2012:35

 

【写真2 マラッカでの集合写真:服装も表情も、徐々に現地化

2017年4月4日火曜日

2017年度入学式


2017年4月1日に2017年度東京経済大学入学式が行われ,
222名の新入生がコミュニケーション学部に入学しました.

 

 

 
 
新入生は入学式前日の331日からオリエンテーションをスタートさせ,
『大学』というものについてさまざまな説明をうけます.

 
 

大学では必修科目を抑えながらも
自らの興味がある科目を取り入れながら自分で時間割を作成します. 

”朝起きて大学に行って講義を受ける”
一日も早く大学生としての日常に慣れて下さい.

新しい年度の授業は4月8()からです.

2017年3月23日木曜日

2016年度 卒業式



3月22日は卒業式でした.
コミュニケーション学部からは203名の学生が卒業しました.



卒業式当日は,100周年記念館で全体の式を執り行い,
その後,学部ごとに移動して学位記授与式と
毎年恒例の優秀卒業制作と卒業論文の表彰式を行いました.

 




 



 

 


全体での式は静かに進行しましたが,学位記授与式では友人,恩師らと語りあい,
にぎやかな雰囲気になりました.



今年度,コミ部代々の学部長であった渡辺先生,川浦先生,関沢先生も“卒業”です.

 


1週間後には新入生を迎えます.



2017年3月21日火曜日

バズった?! 「古武道の(命がけの)幾何学」-Shake Spears Dialog-Geometry of (a do-or-die) Kobudo-


過日、「わたしをメディアする 」-ワークショップ中村座 2016作品展-(2017年1⽉13⽇−18⽇)への、ご来場、ご協力ありがとうございました!
初日には、学生記者さんが取材にみえて大学ニュースになりました。深く感謝いたします。
地元、国分寺の2つのギャラリーをリンクした展覧会の報告をかねて、「作品展2016_webギャラリーを公開しました。
期間中、ギャラリー展示した作品映像をブラッシュアップしました。「古武道の幾何学」として、SNSに公開しましたが(@Facebook)、 直後からいつもと違う反応があって、びっくりしてます。世界各地から7000アクセス、180件以上のシェアがあり、今も止まりません。ブラジル、チリ、アメリカ、ロシア、イタリア、ハワイ、ラオス、フランス、英国、スペイン、ベネズエラ、アルゼンチン、香港、ドイツ、チェコスロバキア、ポーランド、スウェーデン、ノルウェイ・・・世界の人々は、めっちゃ”KOBUDO"好きなの? 「バズる」というのは、こういうことなんでしょうか。



今回、「古武道の幾何学」1、2、を公開しましたが、わたしのイチオシは、バズっている2↑ではなくて、↓の方なのです。なかなか思惑通りには、いきませんねw。



「シェイクスピアズダイアログ 古武道の(命がけの)幾何学1」
- Shake Spears Dialog-Geometry of (a do-or-die) Kobudo-
杖×刀が斬り結ぶ!初制作・公開!対戦者同士の気迫と気合いが、天を突き破るように響きます。

演武:間込 Kengome/小太刀落 Kodachiotoshi/雷打 Raiuchi/一礼 Ichirei/影の霞 Kage-Kasumi
打太刀 山口満(神道夢想流杖道 免許皆伝/全日本剣道連盟杖道 教士七段)×仕杖 矢口真知子 (全日本剣道連盟杖道 錬士七段)

「杖道(じょうどう)」は、長さ128㎝の木の杖だけを用い、真剣を封じ込める古の武道です。木をもって鋼を制するために、命がけの気迫と練り上げられた精密さを要求されます。杖の動きは、ときに身体の外にシールドを作り、また殻を外すことで斬ってくる太刀を誘い込み、相手の可能な動きを封じ、操ることによって勝利を導きます。シェイクスピアズダイアログは、杖の作る外殻の構造を可視化する試みです。杖には手元も先端もなく、杖を操る左右の役割に優劣がないので、幾何学的に単純で緻密な軌跡を描きます。形の良し悪しを見ることは、技の上達を促します。
私は、上手くなることそれ自体、形を獲得する体験を形象化したいと思うのです 。
400年前に夢想権之助が宮本武蔵を破るために創始したといわれる杖道は、一撃で真剣を叩き折り、相手の体勢だけでなく心まで崩す実践的武道です。 杖道形(かた)は、実戦から抽出された駆け引きのイディオムが網羅されています。「形は死物にあらず生き物だ」といわれ、優れた師範たちの身体をメディア(媒体)にして伝達されたアルゴリズムが、形(型)だといえます。

「シェイクスピアズダイアログ・杖×ART 」“古武道の幾何学”シリーズは、杖道の形(かた)のもつ美しさを固定する試みです。両端に光源を仕込んだ杖と、先端に光源を仕込んだ太刀を用い、軌跡を残すために動画処理などが試みられています。
もうひとつのシリーズ「シェイクスピアズダイアログ・フリー」は、杖道の野生に倣い、フリースタイルの対話が生み出す繭のような身体のひろがりを描きだします。役割を振られたメンバー同士が対話的に絡み合うワークショップから作り出されます。...more http://rieko.jp/

2017年3月10日金曜日

「マレーシアでビジネスするって、どんな感じ?」  (トケコミ4ゼミ合同海外研修報告その1)

「感受性豊かな時期に海外へ!」をかけ声に、2月末に、松永/中村/光岡/佐々木の4ゼミが合同でマレーシアとシンガポールへ研修に行ってきました(8日間)。

前半は、クアラルンプールにある Asia Pacific University of Technology and Innovationで午前に英語研修を受け、午後は研究テーマにしたがって街中を視察。5日目は、トケコミへのマレーシアからの留学生実家がある同国南端のジョホールバルへ移動し、ご両親からの大歓待を中華料理店で受けました。その後、陸路でシンガポールに入り、半日だけ観光をして帰国。

現代的なAPU新キャンパス

と、濃密なプログラムでしたが、学生によるマレーシアの感想は次回に譲り、今回は3日目午後に行われたクアラルンプール在住、鵜子(うのこ)幸久さんの講演、題して「マレーシアでビジネスするって、どんな感じ?」を通じて、アジアにおけるグローバル化の実態とみなさんのキャリアプラン策定へのヒントを紹介しましょう。

鵜子さんの経営する桜リクルート社はマレーシアに進出する日本企業を主な顧客とする人材紹介会社です。日本企業の進出が非常に活発になった今では、人材紹介以前のマレーシア進出のコンサルテーション業務も行っています。紹介する人材はマレーシア人。14年前の創業時にどのようにしてマレーシア人の人材データベースを構築したのかというと、それを持っている現地企業と提携し、鵜子さんは日本企業への営業機能を務めることから始めたのでした。今ではマレーシア人データベースは自社でお持ちです。

熱心に講演に耳を傾ける学生

京都出身でそれまで海外経験のなかった鵜子さんですが、いつかは海外で暮らしたいという夢は持っていました。ではなぜマレーシアなのかが疑問になりますが、ビジネスを開始するにあたり東南アジア数カ国を回った結果、マレーシアで起業するのが最も合理的と判断したからとのことでした。すなわち、親日国であり、治安も良く、物価も安い。そして英語が通じるからです。マレーシアは住んでからますます好きになった、と。

人口の減少する日本だけを相手にしていては衰退必至であるため、実に1600社もの日本企業がマレーシアに進出しています。鵜子さんの顧客には、伊勢丹、ユニクロ、無印良品、ヤマト運輸、ダイソーといった有名企業から、無名の中小企業までが名を連ねています。特に小売業では、マレーシア人大学生をリクルートして、日本店舗で研修を受けさせ、現地の店長候補として仕事に当たらせるケースも出始めているとのことでした。

クアラルンプールのユニクロ

東南アジアの人は、欧米のブランドと同様にあるいはそれ以上に日本のブランドをカッコいいと思ってくれているので日本企業にはチャンスが十分あるのです。鵜子さん曰く「名古屋に転勤するのと同じノリで、再来週からクアラルンプールに行ってくれ、と言われる時代」。

ちなみにマレーシアでの就労ビザを日本人が取得できる条件は、(1)27歳以上(IT関連だけは23歳以上)、(2)大学・短大・専門学校卒以上、(3)専門分野での5年以上の経験です。この条件を満たせば、5000リンギット以上の月給を得ることができます。

5000リンギットというのは15万円相当ですが、物価水準を考えると、日本で45万円程度をもらう暮らしはできます。6000リンギットもらえれば、さらに余裕が出てきます。つまり基礎的な英語力があれば、という条件はつきますが、日本企業からの派遣に限らず、30歳少し前から10年ほどマレーシアで働くという選択肢も日本人にはあるのです。東南アジアでの実務経験を買ってくれる日本企業もこれからは増えていくからという事情もあります。

シンガポールでは私は旧友に再会したのですが、彼も旅行ウェブメディア企業の経営者です。しかも現地から日本に住む2人のプログラマーと3人の編集スタッフ、それと60人のライターとコミュニケーションを取りながら仕事をしていました。インターネットを駆使すればこういう仕事の仕方も可能なわけです。そしてシンガポールで彼が仕事をする理由は、「子どもに英語と中国語を身につけさせたいから」でした。

マレーシアでの日々の暮らしには地元色は残ります。今回もクアラルンプールから少し郊外に出ると英語が通じなくなりました。その一方で、都市部でのビジネス面のグローバル化はいやおうなく進展しています。たとえばショッピングモールに行くと、それがクアラルンプールなのかシンガポールなのか東京なのかわからなくなります。

シンガポールのショッピングモール

そのような世の中ですから、自分のことあるいは子どものことを考えて、戦略的に生きている人は少なくはないのです。若い世代の日本人が、どうキャリアを作るか考える時には、長い時間のみならず、広い空間も意識したほうが良いよ、という時代にさしかかりつつあるのです。

そんなことを肌で感じた参加学生も少なからずいました。彼らの何人かがつぎなる行動を起こし、自分のキャリアを豊かなものにしてくれれば、研修の意義が本当に出てくるのですが、あとは諸君に期待です。

[佐々木裕一]